天上の花

 午前2時半ごろ外へ出てみると、月が東に昇っている。高度が30度ほどだった。ちょうど月は下弦で、人がまぶたを閉じたような感じである。凍てつくような寒さでないので観望が楽である。
 南西にオリオン座があり、リゲル、おおいぬ座シリウスこいぬ座プロキオン、ふたご座のポルックスぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバランと結んで出来る大きな六角形を眺める。冬のダイヤモンドと呼ばれている。
 今、絶版になっている野尻抱影の『星空のロマンス』(ちくま文庫)を捲ってみる。
 大正14年の「星座巡礼」からの「冬の星空」に、次のような文があった。

 しかし、星に親む者には、こういう冬の夜がどんなに楽しいか知れない。地上の花の凋落(ちょうらく)の候に、天上の花が、かえって撩乱(りょうらん)と開く事実には、単に偶然と言い切る以上の微妙なものがある。「星が降るようだ。明日の朝は霜が強かろう」こう言って忙(せわ)しく雨戸を繰る声は、今も折々聞くが、これほど冬の星の凄(すさま)じいばかりの美しさを現している言葉はない。そしてそのまま雨戸を閉(た)て切らすのが、僕等には惜しいのである。  218〜219ページ

 この星座随筆アンソロジーの解説を、《「抱影随筆」の理解のために》と題して石田五郎氏が書いている。「本書を片手に、夜空を見上げてみよう。」(文庫カバー)。星たちが、微笑をもって語りかけてくるに違いない。