筒井康隆氏の書評、松浦寿輝『名誉と恍惚』

 新潮社のPR誌「波」3月号の筒井康隆氏の書評を面白く読んだ。
 「懐かしい蠱惑(こわく)の長篇」と題した松浦寿輝『名誉と恍惚』をめぐる書評なのだが、筒井氏は連載中に毎月「新潮」が届くのを楽しみにしていたという。
 上海で主人公が当時の日本の新聞を読むシーンがあるのだが、その「引用」されている新聞の記事や広告がなんとも言えず歴史SF小説的な味わいがあります。
 筒井康隆氏もその箇所を強調して書いている。
 
 その箇所を一部引用。

 

芹沢は突然、直属の石田課長から依願退職を求められてしまう。でなければ懲戒免職だという。機密保護法違反その他が理由と聞かされた芹沢はさまざまに考えた末、嘉山少佐に利用されていたと知り、真相を求めて奔走するうち、思いがけぬ事件を起こしてしまい、ついに警察から追われる身となる。馮篤生(フォン・ドスァン)に匿って貰い、租界にいてはたちまち見つかるから浦東(プートン)のはずれの染色工場に行けと薦められ、ここから名を沈昊(スン・オー)と改めた芹沢の逃避と放浪が始まる。
 六人部屋で生活している時、五ヶ月前の日本語の新聞を久しぶりに手にした芹沢は夢中になって読む。第二次世界大戦直前の、時にはそれは戦後の一時期にまで繋がる、つまりぼくが少年時代に見たり聞いたりした歌や映画や流行語が記事や広告になっていて、なんとも懐かしさが募るのは小説のこうした部分である。淡谷のり子の「別れのブルース」、ディック・ミネの「人生の並木路」、ディアナ・ダービンの「オーケストラの少女」、高勢實乗(みのる)の「あのねおっさん、わしゃかなわんよ」等、等、等。長谷川一夫の新作映画というのはまさにこの頃上海において撮影されていた筈の、李香蘭と共演した「支那の夜」のことではなかったろうか。  「波」7〜8ページ

 参照:http://www.shinchosha.co.jp/book/471703/#b_review

名誉と恍惚

名誉と恍惚