『風船の使者』のこと

 夜が明けるのが早く、五月の中旬の頃より日の出が五時前だ。
 夏の夜は短いものだ。
 公園の池を訪れた。蛙の鳴き声は聞こえては来なかった。
 とても静かである。水面を見て探したが、蓮や睡蓮の葉に蛙は見つからず、がやがやと声がするのは観光客ばかりである。フランス語の団体客が喋っている。オーストラリアからのニュージーランド人が神戸の牛肉が美味しかったわと喋る。満開の睡蓮が鏡のような水面から顔を出している。梅雨入りしても雨が降らないので空気が乾燥しており、蛙の苦手な乾燥した大気のために蛙はおとなしくしているようだった。昆虫のクロイトトンボが睡蓮の葉に止まっていた。近づいても逃げる気配はなく、飛び上がって葉から離れてもしばらくすると元の葉へ戻って来る。トンボたちは活発に活動している。水面を低く飛び交っている。
 おや、見たことのないイトトンボを発見した。
 色の赤いイトトンボである。今までこの池では見たことのない色をしたトンボだ。
 後で名前を調べてみるとベニイトトンボのようであった。
 絶滅危惧種のトンボであるそうだ。


 「松手入せし家あらん闇にほふ
 「雨の日の地をあるく鳩震ふ薔薇
 「睡蓮や楽も煙も空へゆく

 中村草田男の俳句で、昭和十八年(1943年)の句である。

 古書店の店頭本にみすず書房からの中村草田男の『風船の使者』という本を見つけて手にとってみた。メルヘン集。解説を瀬田貞二が書いている。
 瀬田貞二の解説に感心した。