汽車旅紀行

 関川夏央著『七つの海で泳ぎたい。』を読む。

 「思い出に生きる国」「どうせ乗りかかった汽車じゃないか」「フランスへ行きたしとは思わず」「第三のコリアン」の汽車旅紀行の中でも、「どうせ乗りかかった汽車じゃないか」「フランスへ行きたしとは思わず」の二篇に、イベリア半島への行きと帰りの駅としてパリのオーステルリッツ駅に着いてこれからどうするという思案を巡らす箇所がある。

 シャルル・ド・ゴール空港から次のようなコースで移動する。

 《立ちあがり、荷物を蹴飛ばしながらバス乗り場まで行った。凱旋門の前でバスを降り、メトロの階段をくだった。バスティーユで乗り換え、一時間半後には南西方面へのすべての列車が発着するオーステルリッツの駅に着いた。わたしたちは疾風(はやて)のようにパリを横断した。

 わたしは時刻表を眺めた。十四時二十四分の急行列車がある。それでボルドーまで突っ走っちゃうってのはどうだい?。

 いい考えです。(中略)

 わたしはボルドーまでの車中、トマス・クック時刻表を読みつづけた。印刷物をこれほど熱心に読むのはひさしぶりだ。なにしろ今後何日間か、リスボンまでのわたしたちの方針を決定するための唯一の手がかりなのだ。

 明日はどうするんです。と写真以外には活躍の場がない彼が尋ねた。

 わたしは答えた。

 いまは話かけないでくれ。数字がこぼれちゃう。

 好きなんですねえ、時刻表が。

 『点と線』以来、時刻表の解読は日本人のたしなみなんだぜ。わかるか。

 わかりません。

 ボルドー・サン・ジャン駅には十八時三十分の到着だった。成田を出てから三十二時間たっていた。しかし、すでにわたしたちは時間にも距離にも無感動だった。あまりにも多くの乗り物に乗り、あまりにも急激に遠くに来すぎたためだった。自分のいまいる場所と立場をつかみかねた。むかしからこのあたりで靴下の行商をしている、そんな気分だった。》  118~120ページ