新刊のエッセイ集、片岡義男著『僕は珈琲』を読む。
本文267ページの内、125ページから148ページが、短編小説「謎なら解いてみて」である。
印象に残るエッセイのひとつに、「わしゃあカタオカじゃ」があった。
戦時中、一般人の長距離の移動、旅行が厳しく制限されていた当時、東京駅から汽車に乗って、二日近くかかって岩国に到着した子供の頃の思い出を書いているエッセイである。
小林信彦と片岡義男の対談集「星条旗と青春と」に、「1940年代 大いなる幻影」に、岩国について、次のような対談があるのでその箇所を一部引用すると、
小林 片岡さんは、八月十五日という時点では岩国(いわくに)ですか。
片岡 そうです、岩国にいました。
小林 何歳だったわけ?
片岡 小学校に入る前の年でしょう。
小林 六歳ぐらいですか。
片岡 そうです。昭和二十年というと、だいたい以上のようなかんじだったのですか。
小林 ぼくはそうですね。 21~22ページ
新刊の片岡義男著『僕は珈琲』という本を読んで思ったのは、筆者はリチャード・ブローティガンの「アメリカの鱒釣り」でのマヨネーズを、珈琲という言葉で試してみたのではなかろうか。
片岡さんの『謎の午後を歩く』という本に、ハワイのマウイ島のラハイナ、リチャード・ブローティガンのペーパーバックの写真があり、並々ならぬリチャード・ブローティガンへの片岡さんの興味が感じられたのだった。