根岸派の文人の流れ、岩本素白

柿

 散歩の途中、垣根から柿がたわわに実っている。うーん。美味しそうだ。

カキノキ科の落葉高木。また、その実。山地に自生するが、古くから栽培される。よく分枝し、葉は短楕円形で先がとがり、光沢がある。秋に紅葉する。初夏に白い雌花と雄花とが咲き、秋に黄赤色の実を結ぶ。実には萼(がく)が残ってつく。品種も多く、甘柿には富有・次郎・御所など、渋柿には平核無(ひらたねなし)・西条などがあり、実を生または干して食べる。材は家具などに用いる。  『大辞泉

 蕪村に、「御所柿にたのまれがほのかゞし哉」がある。明和七年九月一日の句である。*1
 山口昌男の『はみ出しの文法 敗者学をめぐって』*2を読んでいると、岩本素白のことに触れている箇所でびっくりする。「散歩と釣りと雑本が読書名人への王道だ」と題して、池内紀さんとの対談。司会は坪内祐三

池内 「読書名人」ということで、大好きな岩本素白(いわもとそはく)の『素白随筆』をもってきました。
山口 実は昭和三十年代に、麻布高校の教員室で向かいの席に座っていたのが岩本堅一という先生だったんです。なんでも早稲田のすごい偉い先生で、大学を定年になってから、母校の麻布に戻って非常勤で教えているということでした。その頃は、まだ岩本素白の本を読んでいなかったから、毎週一日、講師の机で向かい合って座っていたのですが、ちょっとお話ししたぐらいで。いや、惜しいことをしました。世の中には、その現場にいても何の役にも立たないことがあるという例ですね(笑)。
池内 人柄はいかめしいというんじゃなくて、もっとやさしい感じですか。
山口 穏やかな方でした。
池内 そうでしょうね。文章から感じられるのはとてもやさしい人ですものね。いい文章ですね。
山口 こっちが逆立ちしてもとても書けないような名文で、それから町歩きの名人ですね。
池内 何ということもないのに、いいところを捜し当てる。だから、素白さんが書くとその土地に行きたくなるんですよね。何の変哲のないところでも。
山口 一番面白いのは、ただただ歩くという明治大正の人のスタイルを崩さないで、生き続けた。根岸派の文人の流れというところですね。  8〜9頁


 

*1:がほ。この部分は漢字。常用漢字一覧にない文字。

*2:ISBN:4582702295