『逆光』を読む

『逆光』を読む。
 トマス・ピンチョンの『逆光』の下巻の方に、訳者の木原善彦氏の解説がある。
 解説に、『逆光』を深く味わうために参照されるべき文献などが列挙されている。
 「訳者あとがき」で、木原善彦氏が、本書(『逆光』)を読む際に参考になる文献と、翻訳に当たって参照した無数のホームページの中で飛びぬけて有用だったとして、以下の二つを挙げている。

 『逆光』に関するウィキ形式の注釈。http://against-the-day.pynchonwiki.com/wiki/
 『ブリタニカ百科事典』(一九一一年版)http://www.1911encyclopedia.org/Main_Page

 トマス・ピンチョンの『逆光』の上巻に、『ヴァインランド』 がそうであるように、またしても犬が登場する。〈偶然の仲間〉という航空クラブに所属する五人の気球少年を乗せた水素飛行船〈不都号〉(ふつごう)に乗る一匹の風変わりな犬である。犬の名前はバグナックス。
 風変わりというのは、バグナックスは本が読めるからだ。
 

 その箇所を、ちょっと引用してみよう。

 

ゴンドラの一方の端には、デッキ上の出来事などほとんど気に留めることなく時々外板に表情豊かな尻尾を打ちつけ、ヘンリー・ジェイムズ氏の本に鼻を突っ込んだまま寝そべっている雑種の犬がおり、どこからどう見ても目の前のテキストに没頭しているようだった。わが国の首都における極秘任務を遂行中だった〈偶然の仲間〉が(『〈偶然の仲間〉と邪悪なうすのろ』を参照)、ワシントン記念塔のそばで首都の野犬の群れ同士の間で繰り広げられた激しい遭遇戦の中から当時はまだ子犬だったバグナックスを救出して以来、〈不都号〉に積まれた印刷物ならどんなものでもその中身を読むのがこの犬の習慣となっていた。ときには航空技術に関する論文、そして頻繁に、「三文小説」のようなあまりこの場所にふさわしくない類いの本――とはいえ、人間の極端な振る舞いを描いたものは彼には少しどぎつく感じられるらしく、どちらかというと彼の同類に関する感傷的な物語の方が好みに合っていたようだ。彼は犬特有の速さで、非常に繊細な手つきで鼻か前足を使ってページをめくる方法を習得した。彼が本に向かっている姿を見ていると、その表情の変化、特にとても分かりやすい眉毛の動きに気づかずにはいられなかった。その顔つきからは物語への興味と共感、そして――おそらく避けられない結論として――内容を理解している様子さえ感じられた。 「第一部 山並みの上の光」
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 エピグラムは、セロニアス・モンクの「世界はいつだって夜だ。じゃなきゃ光なんて要らないさ。」
逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン全小説)  逆光〈下〉 (トマス・ピンチョン全小説)