『銀心中』

銀心中

新藤兼人 百年の軌跡」で回顧上映されている映画を二本観た。そのうちの一本。
 新藤兼人監督の『銀心中』(1956年、日活、99分、白黒)。
 出演は乙羽信子長門裕之宇野重吉殿山泰司。撮影が伊藤武夫、音楽は伊福部昭である。(東京国立近代美術館フイルムセンター所蔵作品)。

 5月プログラムから引用すると、 

太平洋戦争の時代、喜一と佐喜枝の夫婦は理髪店を営んでいたが、喜一が召集を受け、やがて戦死の報が届く。佐喜枝は喜一の甥の珠太郎と一緒になり店を再開するが、そこに戦死したはずの喜一が帰還し・・・。田宮虎彦の同名小説をもとに、戦争に翻弄される男女の愛を描く。

 冒頭、雪の夜道をさ迷うように歩む佐喜枝(乙羽信子)は温泉宿へ戻って、廊下をよろめきながら部屋へ戻る。
 宿へ着いてからのカメラアングルが斜めに傾いている。
 部屋へ戻っても依然として垂直でなく傾いたカメラアングルで撮影している。
 印象的なショットの連続。
 喜一を宇野重吉、珠太郎を長門裕之が演じる。
 殿山泰司は、この宿の片腕のない番頭役。殿山が崖下の川岸に小さく見える乙羽を見つけ、崖上から片腕で下って行くシーンがラストにある。

 新藤兼人著『三文役者の死』に、 

この宿に片腕のない番頭がいる。これがタイちゃん。(中略)タイちゃんは、断崖の下に乙羽を見つけ、断崖を下りて、乙羽の屍を担いで帰る。これがラストシーン。  104ページ

 撮影現場は、高さが五十メートルの垂直に切り立った断崖で、タイちゃんが三十メートルも落下し全身を強打したが、中途の雪の積もった岩の凸起があって、それにバウンドし、タイちゃんは助かった。という撮影中の出来事が書かれている。
 新藤監督は、この出来事で、《タイちゃんの主演映画をどうしても撮らなければ、とわが心に誓った。》
 『銀心中』の後に、昭和三十五年(1960年)に、タイちゃんこと殿山泰司主演で『裸の島』が撮られた。