9月、10月は「生誕100年 宇野重吉特集」が開催されている。
蛭川伊勢夫監督の映画『東京の空の下には』(1955年、劇団民芸、日米映画、92分、白黒)を観る。
制作が劇団民芸と日米映画の共同で、配給は日活からである。
蛭川伊勢夫監督は、松竹蒲田撮影所で制作の五所平之助監督の映画『マダムと女房』(1931年)で助監督だった。*1
出演は、宇野重吉、三橋達也、山田五十鈴、滝沢修、山内明、津村悠子、北林谷栄、清水将夫、奈良岡朋子、三崎千恵子、芦田伸介。
音楽が黛敏郎。
井伏鱒二の小説『吉凶うらなひ』の映画化。東京の下町で易者をやっている藤川透馬(宇野重吉)。彼に惚れているバーのマダム、戦争で人間が変わった藤川の息子、藤川のアパートに住み込むことになった若い恋人たちなど、藤川をめぐる人間模様を描く。 (特集パンフレットより。)
藤川透馬(宇野重吉)は占い師で、東京の下町のビルの一角に事務所を構えている。
透馬の占いは、師匠の加納大剛(滝沢修)から学んだ。事務所へしばしば師匠の加納先生がやって来る。
彼は透馬を今でも教え子扱いで、平気で口やかましく言う。それを透馬は迷惑しているのだが、心底嫌いという訳ではないようだ。
株の取引を透馬に占ってもらい成金になった糟壁(清水将夫)は、自分のビルの一室を事務所として透馬に自由に使わせているパトロン的存在だ。
株成金の糠壁らの株の取引を吉か凶かを透馬は易で判断してやっているが、透馬と加納先生はパトロン的存在である彼らを好きになれない。
師匠の彼は、透馬を心配して奈良へ行かないかと勧めにやって来ていた。奈良の神社で易について教えて欲しいという要望があるので、ひとつ東京を離れて奈良へ行ってみてはどうかと言うのだった。
透馬には九一(三橋達也)という息子がいる。戦争で左腕に負傷して音楽家への夢が絶たれぐれていた。
透馬とは別れて暮しているが、息子の九一は女と暮していてお金に困ると事務所にやって来る。
透馬の通っているバーがあるのだが、マダムの徳子(山田五十鈴)は透馬(宇野重吉)に惚れている。
見どころは宇野重吉と三橋達也の親子関係から息子の悲劇的な結末とその痛手に加えて、透馬も惚れていた山田五十鈴のバーのマダムに持ち上がった建築技師との婚約と建築技師の突然の死をめぐる一連の物語だろう。
山田五十鈴と宇野重吉が復興する東京の街を歩きながら話す箇所がラストにあるのだが、微妙な二人の気持ちを描いて秀逸だ。
未練があるが、山田五十鈴の徳子は、婚約者の建築技師の遺児らと生きていくことにした。
宇野重吉の透馬は、加納先生の勧める奈良へ新天地を求めて旅立ってゆく。徳子はその小さくなって遠ざかる透馬の後姿を見送った。
北林谷栄がビルの掃除婦の老け役で出演している。事務所に占いを頼みに来た山内明と津村悠子の若いカップルは住むところがなく、透馬のアパートに住まわせてもらっている。東京の戦後の復興期の住宅事情を反映している。