『フランス映画史の誘惑』から

 先月(11月)、広島国際映画祭2016があり、「ディアゴナル特集」が映像文化ライブラリーで上映された。
 「ディアゴナル」というのは、フランス語で「対角線」を意味する。
 映画製作会社の「ディアゴナル」社を一九七〇年代に設立したポール・ヴェッキアリ監督が映画祭のゲストとして来館した。

 11日のマリー=クロード・トレユー監督の映画『シモーヌ・バルベス、あるいは淑徳』(1980年、フランス、80分、カラー、35ミリ、日本語字幕)と12日のオムニバス映画の『愛の群島』(1983年、フランス、100分、カラー、35ミリ、日本語字幕)の上映前に、ポール・ヴェッキアリ監督が作品と「ディアゴナル」について話された。
 オムニバス映画の『愛の群島』上映後に、出演した女優のフランソワーズ・ルブランとポール・ヴェッキアリ監督のトークショーがあった。
 「ディアゴナル」社の設立者であり、監督であり、フィルム編集者であり、経営者でもあるポール・ヴェッキアリ氏が自身の微妙な立場を語り興味深いものだった。

 ポール・ヴェッキアリ監督は『カイエ・デュ・シネマ』誌の批評家であったので、観客との質疑応答の時間に、一人の女性がジャン=リュック・ゴダールフランソワ・トリュフォーらのヌーヴェルヴァーグに対して監督自身はどのように考えていたかを質問していた。

 
 最近、フランス映画史がコンパクトにまとめられている中条省平著『フランス映画史の誘惑』を読んだ。
 この本に、ポール・ヴェッキアリ監督について述べている箇所はなく、女優のフランソワーズ・ルブランへの言及がある。
 フランソワーズ・ルブランは、ジャン・ユスターシュ監督の映画『ママと娼婦』(1973年)に主演のジャン=ピエール・レオと共演している。

 中条省平さんは、山田宏一著『増補 友よ映画よ、わがヌーヴェルヴァーグ誌』からフランソワーズ・ルブランについての記述を引用している。
 この『ママと娼婦』は、ユスターシュの初の長編劇映画で三時間四〇分の大作であり、七〇年代フランス映画を代表する傑作となりましたと中条省平さんは書いている。

 一部引用すると、

 

(前略)山田宏一の証言によれば、この映画の蔭には隠されたユスターシュ自身の悲劇がありました。
「映画の完成後、ユスターシュの妻がほんとうに自殺してしまったのだった。(中略)娼婦のような若い女の子を演じたフランソワーズ・ルブランは、女優の卵とはいえ、ユスターシュの愛人で、彼の年上の妻といっしょに同じアパルトマンに同棲していたのだ」
 この作品がカンヌでスキャンダルを引きおこしたのは、映画のなかで性に関する事項があけすけに語られたことが原因でしたが、いま見ると、役者たちが延々と語る性のイデオロギー的な議論にはそれほどの衝撃はありません。むしろ、どんな内面の秘密や心の機微であっても、すべてを言葉にしなければおさまらないフランス人の心性にあらためて驚くとともに、そうした言葉のすべてをこえて迫る人間存在そのものの悲しみと、事物と人間をひたすら見すえるユスターシュのまなざしの度外れた粘りづよさに圧倒される思いがするのです。 211〜212ページ

フランス映画史の誘惑 (集英社新書)

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