山田稔の「ある眼鏡の話」

猫のいる草むら

 歩道沿いの草地にクローバーの白い花が咲いている。シダレザクラが点々と植えられている通りだ。そうした樹木のまわりに草むらが拡がっている。何気なく草むらを眺めると、目の周りが黒く口のあたりが白い猫が、わたしの方を見つめているのだった。じーと、見つめているので、しばらくにらめっこをしていた。うーむ。猫というものは、ぷっと笑わないものですね。
 『暮しの手帖』2006年4/5月号を開く。「あいうえおもの図鑑によせて」の連載で、山田稔の「ある眼鏡の話」というタイトルの文を読んだ。〈今から三十数年もむかしのことである。〉という冒頭の前置きから話は始まる。編集者との待合わせの場所であるホテルのロビー、そこのテーブルに誰かが置き忘れた眼鏡があった。どうもその眼鏡が気にかかる。まん丸い型の旧式で、光沢の失せた、くすんだ枠の色の眼鏡。時代遅れの古びた眼鏡。その忘れて行った持ち主は、どんな人物かと思いめぐらす。ところが、その後日談に、眼鏡を渡したホテルの人に、持ち主が現れましたと言われる。

 「お見えになりました」
 「どんなひとでした」
 「若い女の方でしたよ」