大庭秀雄の映画『命美わし』

6月プログラム

 映像文化ライブラリーで「名作映画 笠智衆特集」が五月から始まっている。六月も「笠智衆特集」である。大庭秀雄監督の映画『命美わし』(1951年、松竹、80分、白黒)を観る。
 観光名所の城の近くに三十年ほど住む夫婦(笠智衆杉村春子)が、夜回りして堀に飛び込む自殺者を何人も救ってきた。笠智衆は教師をしていたが校長を最後に教職を退職し、今は市立図書館の館長をしている。
 琴と尺八を夫婦で合奏しているとき、夫の笠智衆が誰か堀で自殺しようとしている予感がしてきて、いても立ってもいられなくなり、夜回りに堀へ出かける。 そうしてこれまで何人もの人を自殺から救ってきた。
 新聞記者をしている長男を三國連太郎、次男の学生を佐田啓二、長女の学生を小園蓉子が演じている。
 ある夜、一晩のうちに二人も女の自殺未遂者を笠智衆と長男はそれぞれ見つけて助けあげる。一人で子供を育てていて子供を失って自殺を図った女(淡島千景)、妊娠の身で市会議員の息子に捨てられた女(桂木洋子)。
 長男と次男がふたりの自殺未遂者へ同情を寄せていく。桂木洋子の男親役を宮口精二が演じていた。
 救われた二人とこの夫婦一家とのふれあいが淡々と描かれ、人の心の喜び、善意、反目、和解を見事にこの夫婦一家の生活を通して見せてくれる。デビューしたばかりの三國連太郎佐田啓二の演技が印象的だ。黒澤明の『七人の侍』での久蔵という凄腕の剣客とは違った酒に酔いつぶれる宮口精二が見れる。坊主を小沢栄太郎が演じている。(当時は小沢栄)。
 大庭秀雄の映画では、『帰郷』が印象に残っている。大佛次郎の小説の映画化で、シンガポールが冒頭で舞台になっているのだ。後に作られた成瀬巳喜男の『浮雲』が冒頭がインドシナが舞台になっているが、大庭秀雄の映画『帰郷』はシンガポールなのである。