『ほっこりぽくぽく上方さんぽ』

 田辺聖子の『ほっこりぽくぽく上方さんぽ』(文藝春秋)を読み始める。
 冒頭は、武田麟太郎の小説『釜ヶ崎』にふれて、

 この、武田が生れた日本橋東三丁目に注意したい。ここは江戸時代の長町(ながまち)である。日本橋筋の裏手にあるので長町裏とよばれ、昔は貧乏長屋が並んでいたという。今ではこのへんは有数の地価の高いところであるが。・・・・・・桂米朝さんの『米朝ばなし 上方落語地図』(毎日新聞社刊)によると、落語の「貧乏花見」の舞台はここだということだ(東京へこの噺が移って「長屋の花見」になった)。 13ページ

 「一、始まりはミナミ」と題した章は、織田作之助をめぐる文学散歩で「オダサクと坂の町」と「オダサク番外編」が楽しめた。
 詩人で評論家の野田宇太郎さんの『日本文学の旅』という十二巻揃いの文学遺蹟ガイドを手がかりに、田辺聖子さんの恣意的、個人的な文学散歩である。
 ちょうど2月後半から3月にかけて「名作映画 川島雄三監督特集」で、18本の川島作品を映像文化ライブラリーで開催している。
 川島雄三監督は、織田作之助の小説を昭和19年『還って来た男』(1944年、松竹、68分、白黒)で映画化する。監督の第一作である。
 織田作之助と親交をもった川島監督は、その後織田作之助の『わが町』も映画化している。
 先月(2月)、映画『わが町』(1956年、日活、98分、白黒)を観ることができた。
 織田作之助の小説の映画化といえば、豊田四郎監督の『夫婦善哉』(1955年)で、森繁久彌(柳吉)と淡島千景(蝶子)の名演技であるが・・・。
 『わが町』について、田辺聖子さんが「オダサク番外編」で触れているのが良かった。

さて、もう一つオダサクに関連して私の見たいもの、――それは四つ橋のもと電気科学館だ。『わが町』という中篇の作品に出てくる。この小説は案外、文学全集のオダサク篇などから落ちていることが多い。読もうと思っても入手に苦労する。それというのも、この作品にも柳吉と蝶子が登場し、かなりの部分『夫婦善哉』と重複するので、『わが町』はつい割愛されるのだろう。
 やっぱり、河童(がたろ)小路の住人たちが出てくる。
 ベンゲットの他ァやんという俥曳きは、女房も娘夫婦も死なせ、孫娘を育てている。ベンゲットは昔、道路工夫として働いたフィリッピンの地名だ。南十字星を仰ぎながら苛酷な労働に堪えたが、大変な難工事で日本人労働者も多く死んだ。やっと生き残り、佐渡島他吉は大阪へ帰ってきたが無一文だ。頑固でかるはずみなあばれもの、背中に青竜を彫って、何ぞというとベンゲットと南十字星の思い出を話す。トシもかまわず若いもんと喧嘩する無法者である。この、車夫というのがなつかしい。  43ページ

ほっこりぽくぽく上方さんぽ

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ほっこりぽくぽく上方さんぽ (文春文庫)

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