雑誌『時代映画』7月号(1956年)昭和三十一年刊に掲載されている座談会「人文科学研究所員と共に 日本映画を語る会」でつぎのような対談がされていました。
多田道太郎と依田義賢の談話の一部です。
多田 依田さんの戦前の「祇園の姉妹」なんかあれ芸術映画を作ろうとして・・・・・・。
依田 僕等芸術映画を作ろうと思つてやつたんではないですが、エポックメーキングな意味からあれなんか買われてますね。リアリスティックなそれらしいものを始めて作つたのですね。あの当時。
多田 大衆が見て分かりましたか。
依田 えゝ、もう一つはあの当時関西弁と云うものが一ツのカリカチュアに使われていたんですが、それを初めてシリアスなものに使つたと云うわけなんです。
「祇園の姉妹」(1936年)は溝口健二が監督した山田五十鈴の主演映画。
脚本を依田義賢が担当していますね。
雑誌『時代映画』7月号の目次。