「あの日、ヒトラーを見た私」と映画のこと

 新潮社のPR誌『波』五月号のエッセイ、「あの日、ヒトラーを見た私」ーー佐江衆一『野望の屍』に寄せて(安西篤子)に注目しました。
 九十三歳になる筆者がベルリンで六歳の時に見た目撃談を語っています。
 《ヒトラーの勢力が増してきたある日、父は六歳の私を連れて、ヒトラーの邸の前に行った。その日は、ヒトラーの誕生日だった。邸の二階のバルコニーに、ヒトラーが姿を現すと、バルコニーの下に集まった群衆が何事か叫んで手を振る。それに対して、ヒトラーが手を振り返す。たいそうなさわぎだった。
 私の見たところ、群衆の大半は、十七、八歳から二十代前半の、若い女性だった。金髪で色白、ふくよかな女の子たちで、美しいというより、素朴で無邪気といった印象だった。
 なぜ父は、そんなところへ私を連れて行ったのだろうか。
 銀行勤めの父のもとには、新しいニュースがどんどん入る。ヒトラーの台頭によって、第一次大戦の疲弊したドイツに、なにか変化が起こる、そう感じて、当のヒトラーがどんな男なのか、自分の眼で見たかったのではないか。男一人より幼い女の子を連れていれば無難に見える。ついでに私に、歴史に残る人物を見せてやろう、そんなところか。》

 1927年(昭和2年)八月生まれの安西篤子さんの六歳の頃に見たヒトラーの印象です。

 カロリーヌ・リンク監督の『ヒトラーに盗られたうさぎ』という映画のことを思い出しました。

 これはジュディス・カーの『ヒトラーにぬすまれたももいろうさぎ』という自伝的作品を映画化したものです。
 1933年2月、ユダヤ人で新聞やラジオでヒトラーへの批判をしていた父が次の選挙でヒトラーが勝ったら反対する者への粛清が始まるという(警察内部の者からだったと思うが)情報を得て、9歳の少女アンナの家族はベルリンからヒトラーから逃れるためにスイス、フランス、そしてイギリスへの亡命生活を描いています。
 スイスのチューリッヒ、牧歌的な山村の学校生活、フランスのパリで、そしてイギリスのロンドンへと海を越えて亡命します。

 

野望の屍

野望の屍

  • 作者:佐江 衆一
  • 発売日: 2021/01/27
  • メディア: 単行本
 

 映画『ヒトラーに盗られたうさぎ』予告編 - YouTube

 

 

梅の実のいま少しほどふとりゐき

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 梅の木に実が鈴なりに生(な)っていました。バラ科の落葉高木で、かおりのいい白や紅の花が早春に咲きます。梅干しにするにはまだ早いかな。

 

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 「更衣(ころもがへ)ひとの煙草の香の来るも
 「梅の実のいま少しほどふとりゐき

 中村汀女の昭和九年(1934年)の俳句です。

 

映画はこうしてつくられる

 雨上がりの公園のバラ。花の表面が雨のしずくで濡れている。

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 3月のミシェル・ピコリ追悼特集で上映された映画にジャン=ピエール・メルヴィル監督の『いぬ』(1962年)、ジャン=リュック・ゴダール監督の『軽蔑』(1963年)、ルイ・マル監督の『五月のミル』(1989年)があった。
 『軽蔑』にフリッツ・ラング監督が出演していて、自作の映画『M』の作品名を語っているのだった。この箇所は映画史的にも面白かった。
 というわけで、最近は映画本をいろいろ読んでいる。

 たとえば、『山田宏一映画インタビュー集 映画はこうしてつくられる』である。

 

 目次

 クロード・ルルーシュ
 映画はキャメラ

 マルセル・カルネ
 『天井桟敷の人々』

 アラン・レネ
 スペクタクル(見世物)としての映画の宿命

 ジャン=リュック・ゴダール
 映画は撮れるものなら、どこで撮ったっていいではないか

 バルべ・シュレデール
 エリック・ロメールとともにーー「六つの教訓物語」はこうして生まれた

 ジャン=ポール・ベルモンド
 『勝手にしやがれ』はこうしてつくられた

 アレクサンドル・トローネル
 プレヴェール/カルネ(詩的リアリズム)からビリー・ワイルダー(ハリウッド)まで

 ピエール・ブロンベルジェ
 ジャン・ルノワールからジャン=リュック・ゴダールまで

 ルイ・マル
 ジャズ、映画、ヌーヴェル・ヴァーグ

 クロード・ミレール
 『小さな泥棒』ーーフランソワ・トリュフォーを追いかけて

 サミュエル・フラー
 批評家は地獄へ行け

 イヴ・ロベール
 独断と孤高の芸術家よりも単なるユーモア作家としてみんなといっしょに笑い合えるほうがいい

 サム・レヴァン
 スチールマンとして、肖像写真家としてーールノワールからBB(べべ)まで

 ルネ・リシティグ
 失われた映画を求めてーー映画の編集と修復

 シャルル・アズナヴール
 ヌーヴェル・ヴァーグと即興-ー『ピアニストを撃て』はこうしてつくられた

 マドレーヌ・モルゲンステルヌ
 『あこがれ』から『大人は判ってくれない』へーーフランソワ・トリュフォー監督のデビューまで

 キム・ノヴァク
 めまいのようにーー女優とセックス・シンボル

 アンナ・カリーナ
 ジャン=リュック・ゴダールとともに

 ラウル・クタール
 ゴダールの映画術ーーヌーヴェル・ヴァーグと映画の革命

 映画は語るーー後記に代えて

 索引


 
 
 見返しに、次のようにある。

ラウル・クタールアンナ・カリーナから
ゴダールサミュエル・フラーまで、
19人の映画人に著者が「映画作りの秘密」について、
真剣に、ときに親密に、機微にわたって聞き、
採録された最高に面白いインタビュー。
これは稀有な記録である。》

 巻末の「映画は語るーー後記に代えて」から一部引用。

 《これは私の二冊目の映画インタビュー集です。一冊目の映画インタビュー集は「映画とは何か」(一九八八年、草思社刊)という大げさな標題になってしまったのですが、私としては単純に、ずばり、映画インタビューとは映画について語るのではない、映画が語るのだ、と言いたかったのです。今回もそのつづき、延長として「映画はこうしてつくられる」という題名にしました。「生きた映画史」の証言でもあるからです。(中略)

 私にとっては、何冊かの映画評論集よりも重要な、心のこもった集成になります。》

 

 

妻が持つ薊(あざみ)の棘(とげ)を手に感ず

 山道にアザミが咲いていた。近くに寄って眺める。細長い葉のふちには鋭いとげがあり、鮮やかな花の色やその姿が目立つ山野草である。

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キク科アザミ属の多年草の総称。葉に多くの切れ込みやとげがある。花は、多数の細い管状の紅紫色の小花からなる頭状花。ノアザミ・フジアザミなど多くの種類がある。刺草(しそう)。  『大辞泉

 辞典の引用句は、

 「妻が持つ薊(あざみ)の棘(とげ)を手に感ず」(日野草城)

新連載から

 公園のバラが満開で見ごろを迎えていた。撮っていると花からの甘い香りが漂って来る。ほのかに香るバラの匂いが心地よい。

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 『ちくま』5月号を入手。表紙は、ラビット氏と蛸のヒグチユウコの絵。


 今月号より「些事にこだわり」(蓮實重彦)というタイトルの連載がはじまった。
 第一回、「オリンピックなどやりたい奴が勝手にやればよろしい」。
 《ただ、青梅街道を超える未完成の環七の橋桁の月夜の光景を記憶にとどめているのはいまや自分一人しかいなくなったといささか感傷的につぶやきながら、できればオリンピックの「君が代=日の丸」騒ぎからは遠く離れて暮らしたいと願っている。近く八十五歳になろうとしている後期高齢者には、それぐらいの権利が保障されていてもよいはずではないか。》
 青梅街道を女友だちと散歩していた個人的な記憶を語っている箇所は印象に残りました。

 『ちくま』4月号に金井美恵子さんの連載「重箱のすみから」が掲載されましたが、5月号はお休みです。
 「編集室から」の文によると「些事にこだわり」は隔月、全六回の予定という。金井美恵子蓮實重彦の両氏の連載は交互に隔月で掲載ということになるようです。

リニューアルされたPR誌

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 先日、白水社のPR誌が届いた。
 リニューアルされた「白水社の本棚」である。
 2021 春号。
 タブロイド版からA5判の32ページの小冊子になった。
 紙に厚みがあります。

 持ち運びが楽になり、開いて読みやすくなった。
 新連載・「汗牛充棟だより」(北村紗衣)が、ニューヨークを中心にしたアメリカの書籍商たちのドキュメンタリー映画『ブックセラーズ』について紹介している。映画は本にかかわる仕事をしている多くの人々に取材していて面白そうだ。
 「愛書狂」(岡崎武志)は、川本三郎『「細雪」とその時代』(中央公論新社)が新潮文庫版の細江光の注解を重用していることから、《細江光注解はそれだけ読んでも面白い。私が怠惰な文学部学生だったらこれで卒論を書く。怠惰な教授は元ネタを知らず驚き、深々と頭を下げるはずだ。》
 「愛書狂」は、愉しみなコラム。
 

http://moviola.jp/booksellers/

 

『細雪』とその時代 (単行本)

『細雪』とその時代 (単行本)

  • 作者:川本 三郎
  • 発売日: 2020/12/08
  • メディア: 単行本
 

 

蜜蜂とツボちゃんの話

 先日、新緑の道端の草地に一面にクローバーが咲いていた。
 花を撮影しようと近くに寄ると、蜜蜂が花をひとつひとつ点検するかのように飛び回っていた。
 クローバーの花から蜜を探して吸っている。
 蜜蜂を眺め、クローバーの花を撮影するためカメラを近づける。すぐそばへ手を伸ばしても蜂は何事もなかったようにおだやかだ。蜂はおとなしく蜜を探して花の間を飛び回っていた。

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 新潮社のPR誌『波』四月号を見ると、編集後記の下にある五月新刊予定に、佐久間文子著『ツボちゃんの話 夫・坪内祐三』、小林信彦著『決定版 日本の喜劇人』、トマス・ピンチョンの新刊『ブリーディング・エッジ』が栩木玲子・佐藤良明訳で刊行される。
 本をめぐる佐久間文子さんの書評や読書アンケートなど興味深く目にするのですが、新刊のタイトルが「ツボちゃんの話」とありますので、坪内祐三さんの意外なエピソードなど聞けるのではないかな。

ツボちゃんの話: 夫・坪内祐三

ツボちゃんの話: 夫・坪内祐三

 

 

 

決定版 日本の喜劇人

決定版 日本の喜劇人

  • 作者:小林 信彦
  • 発売日: 2021/05/20
  • メディア: 単行本