小沼丹の『珈琲挽き』

クスノキの実

 小雨が降ったり止んだり。晴れ間も見えたりと天気がぐずつく。夕方になってうっすら晴れた南西の空に金星がぼんやり見えた。冬至が過ぎて日が長くなり始める。うーむ。まだ実感はない。
 山田稔の『ああ、そうかね』(京都新聞社)から「文の芸」を読む。「文の芸」では、室生犀星宇野浩二の文章に触れている。それと、小沼丹の随筆集『珈琲挽き』(みすず書房)を久しぶりに読んだ感想を山田稔が書いているが、この文こそ芸があるなあ。小沼丹の文章の特徴を「・・・・・・かしらん?」という言いまわしにみていて、もう一つを人称代名詞を用いない点にあると言う。

 「私」も「彼(女)」も使わず、それで文意があいまいになることはない。自他の境が取っ払われた融通無碍の世界で読者は寛がせてもらえる。どこにも力みが感ぜられず、読むうちにこちらの力みも揉みしだかれる。小沼丹のノンシャランス、そのユーモアの味についてはいまさら論ずるまでもないことだろう。  217頁